横浜地方裁判所 昭和63年(ワ)710号 判決 1989年9月26日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、被告組合への加入を承認せよ。
2 被告は、原告に対し、金一〇六万六四八〇円及びこれに対する昭和六三年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、昭和六二年一二月から平成九年一月まで毎月二五日限り金六二六〇円を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 2及び3項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
請求の趣旨1項の訴を却下する。
(本案の答弁)
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和四四年四月一六日訴外株式会社ダイエー(以下、「訴外会社」という。)に入社し、主にショッピングセンターの管理、運営の業務に従事してきたが、昭和六〇年三月訴外会社の子会社である訴外株式会社ダイエー外商部に出向し、同年八月まで部長付き課長、同年一一月まで管理課長の地位にあり、更に同年一二月訴外株式会社プランタン銀座に出向して外商部管理課長、昭和六一年九月外商部部長付課長となった。
原告は、出向中も訴外会社の人材開発室に所属し、給与は訴外会社から支給されている。なお、原告は、昭和五八年以降、訴外会社の資格制度上副主事の地位にある。
2 被告は、訴外会社の従業員で組織され、労働組合法二条・五条二項の要件を充たす労働組合である。
被告は、訴外会社との間で締結した労働協約において、副主事以上の者を被告組合員の範囲から除外する旨定め、組合規約においても、同趣旨の規定をおいている。
3 原告は、昭和六三年一月二八日、被告組合への加入を申し込んだ。
4 被告は、同年二月二七日、前記組合規約の規定に基づき、原告が副主事の地位にあって、組合員資格を有しないことを理由に、原告の加入申込を承認しない旨の通知をした。
5 しかしながら、原告は、課長職とは名ばかりで実質は一人の部下もいない一セールスマンにすぎず、労働組合法二条但書にいう監督的地位にある労働者その他使用者の利益を代表する者には該当しないから、当然被告に加入する権利、資格を有する。
すなわち、憲法二八条、労働組合法一条は労働者が組合に加入する権利をも定めているのであるから、被告が組合員の資格を定めるにあたっては、労働組合法二条但書に該当する者及び団結権、団体秩序の維持に有害と認められる者のみを除外できるだけで、原告のような管理、監督的地位にない労働者を資格外の者とすることは許されないものと解すべきところ、被告組合規約は、具体的な職位職務内容と直接関係ない訴外会社の資格制度を基準にし、形式的に副主事以上の者につき一律に組合員資格を否定するものであって、憲法二八条の基本的精神に反し無効である。
しかも、被告は、組合員の資格を訴外会社との労働協約により決めているが、これは訴外会社の被告に対する不当な介入であるから、組合員資格に関する前記組合規約は、この点でも無効である。
更に、被告は、原告と同じ課長職にある者であっても、一部(例えば、訴外プランタン銀座第二外商部の白井武司ほか三名)については組合員資格を認めているから、原告についてこれを認めないのは、原告に対する差別的取扱いである。
従って、被告は、原告の前記加入申込に対し、これを承認すべきであり、また、右申込に対する不承認は、原告の団結権を侵害する違法な行為というべきである。
6 原告は、被告の右違法行為により次の損害を被った。
<1> 被告の組合員であれば訴外会社から支給されたであろう昭和六〇年三月から昭和六二年一一月まで毎月三万円の出向手当三三か月分合計九九万円
<2> 昭和六一年度の組合員の昇給額と原告の昇給額との差額(一か月二二〇〇円)のうち、昭和六一年四月から昭和六二年一一月まで二〇か月分合計四万四〇〇〇円
<3> 昭和六二年度の組合員の昇給額と原告の昇給額との差額(一か月四〇六〇円)のうち、昭和六二年四月から同年一一月まで八か月分合計三万二四八〇円
<4> 右<2>、<3>の昇給額の差額(一か月分の合計六二六〇円)のうち、昭和六二年一二月から原告が定年になる平成九年一月までの分(なお、原告の賃金は毎月二五日支払である)
よって、原告は被告に対し、被告組合への加入の承認を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償として、6の<1>ないし<3>の合計一〇六万六四八〇円及びこれに対する不法行為の日ののちであり訴状送達の日の翌日である昭和六三年三月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに昭和六二年一二月から平成九年一月まで毎月二五日限り六二六〇円の支払いを求める。
二 被告の本案前の主張
原告は、被告組合規約の加入除外資格である副主事以上の者であるので、被告は、原告の加入申込みを拒否したものであるところ、労働組合は、労働者が自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ること目的として組織する団体であるから、労働組合の組織構成に関する組合規約及び労働組合の行為は労働組合の自治に委ねられるものであって、そもそも司法審査になじまないものであるから、請求の趣旨1項の訴の利益を有しないものである。
三 請求原因に対する認否及び反論
1 請求原因1の事実中、原告が訴外会社の従業員であり、昭和五八年以降副主事の地位にあることは認めるが、その余の事実は知らない。
2 同2ないし4の事実は認める。
3 同5は争う。
被告は組合規約において、訴外会社の資格制度上副主事(七等級)以上の者を組合員の除外資格としているが、これは、訴外会社にあっては、七等級以上の者を対象に管理職養成の研修を行い、原則として七等級以上の者を管理職とする制度をとっているので、これらの者を監督的地位にあるものとして、訴外会社に対する自主性を確保するため、組合員から除外しているのであり、これは労働組合法二条に違反せず、労働組合の自治に委ねられた範囲内の合理的資格規定である。
また、原告が列挙する訴外プランタン銀座第二外商部の白井武司ほか三名の者は、出向先において課長と称されてはいるが、六等級以下のものであるから、同人らの組合加入を承認したからといって、原告を差別したことにはならない。
4 同6は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一 本案前の申立てについて
請求の趣旨1項の訴は、被告に対し被告組合への加入承認の意思表示を求めるものであるところ、これは現在給付の請求であるから、特段の事情がないかぎり、当然に訴の利益を肯定することができる。また、労働組合の組織構成にかんする組合規約の規定が、法的効力の有無についても、また、解釈の点においても、司法審査になじまないということはできないから、本案前の申立ては理由がない。
二 組合加入承認請求について
本件加入承認請求は、被告に対し承認の意思表示を求めるものであるが、労働者と労働組合の法律関係は、労働者が組合に加入申込をし、組合がこれに対する承諾をすることによって初めて発生するものであり、組合が特定企業の従業員で組織され、労働者が当該企業の従業員であるからといって、そのことから当然に労働者と組合間に何らかの法律関係が生じるというものではない。この意味では、労働組合への加入は、申込と承諾という二つの意思表示から成る契約の締結であって、労働者から加入の申込があった場合、これを拒否することが違法と評価され、損害賠償義務を負うか否かはともかくとして、労働組合には承諾義務はないと解するのが一般である。このことは、労働組合と特定企業との間にユニオンショップ協定が締結されている場合においても、異別に解すべき理由はなく、労働者は組合に対して組合加入の承認を求めうべき私法上の請求権を有しないというべきである。
従って、これが有ることを前提とする右請求は、主張自体からして失当の請求である。
三 損害賠償請求について
原告が訴外会社の従業員であり、昭和五八年以降訴外会社の資格制度上副主事の地位にあること、被告が訴外会社の従業員で組織される労働組合であり、訴外会社との間で締結した労働協約に基づき、組合規約において訴外会社の資格制度上副主事以上の者は組合員の除外資格としていること、原告が昭和六三年一月二八日被告組合への加入申込をし、被告は同年二月二七日、原告が組合員資格を欠くことを理由に、これを承認しない旨の通知をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。
そこで、右不承認が違法であるか否か検討する。
原告は、原告が副主事で課長職の地位にあっても、実質は一人の部下もなく何ら管理、監督的業務を担当していない労働者であるから、被告組合に加入する権利、資格を有し、副主事というだけで被告への加入を拒否したのは違法と主張する。
しかしながら、労働組合は労働者が自己の利益を擁護するため自主的に結成する任意団体であるから、組合員資格をどのように定めるかについては、労働組合法上労働組合に与えられている特別の権能、すなわち、団体交渉によって組合員をはじめとする労働者の労働条件を規定する権能とこれを法的に強化するための諸々の保護との関係で一定の制約を受けるほか、原則として組合の自治に委ねられると解するのが相当である。殊に、従業員の職種、地位、職位、資格その他の種類等労働者の利害関係の相違を基準として加入資格を制限することは、いかなる範囲の労働者を結集することが労働運動上効果的であるかという組織構成の決定の問題であって、組合自治の領域に属するものというべきであるから、被告が、訴外会社の資格制度上副主事以上の者を組合員の除外資格とする組合規約に基づき、原告の加入を承認しなかったことは、何ら違法を招来するものではない。憲法二八条及び労働組合法一条が、個々の労働者に対し、特定の労働組合に加入する権利ないし資格を保障するものでないことは、多言を要しない。また、労働組合法二条も、企業別組合に対し、但書一号所定の労働者以外のすべての従業員に組合員資格を付与すべきことを規定するものではない。従って、被告の組合員資格がこれらの規定又はその精神に反し無効であるということはできないし、他に、これを無効とすべき理由も見いだしえない。
また、原告は、被告が訴外会社との労働協約で組合員資格を定めていること、被告が原告と同じ課長職にある者について一部組合員資格を与えていることを違法と主張するが、組合員資格に関して組合が会社と協約を結ぶこと自体、何ら違法を生ずることではないし、また出向先で課長職にある者の一部について組合員資格を認めていることも、同人らは訴外会社の資格制度上六等級以下のものであることが窺われ、原告においてもこれを明らかに争わないのであるから、これをもって、原告に対する差別的取扱いということはできない。
なお、原告は、被告への加入申込前の出向、昇給に関する損害の賠償請求もしており、これを善解すれば、被告が前記のような内容の組合規約を定めたこと自体を、原告に対する不法行為と主張するものともとれないではないが、組合規約を定めることは、それ自体何ら原告の地位に影響を及ぼすものではないから、これをもって原告に対する不法行為を構成する余地はないものと言わざるをえない。
従って、原告の損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰する。
四 結局、原告の本訴各請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐久間重吉 裁判官 山本 博 裁判官 吉村真幸)